「コン・ティキ」

「コン・ティキ」
矢本理子(Rico Yamoto)

1947年4月28日、ペルーのカヤオ港から、“コン・ティキ号”と名付けられた古い様式のいかだが出港しました。コン・ティキとは、インカ帝国の太陽神ビラコチャの別名です。乗組員は6人の北欧の男たちと1羽のオウムで、彼らの目的地は南太平洋のポリネシアの島々でした。いったい彼らはどのような理由で、いかだの航海に乗り出すことになったのでしょうか?

この航海の発案者は、ノルウェーの若き学者トール・ヘイエルダールでした。オスロ大学で地理学と動物学を学んだあと、南ポリネシアのファツ=ヒバ島で1年ほど暮らしたヘイエルダールは、長老から島の伝説を聞くうちに、ポリネシア人の祖先とされている太陽の子ティキは、もともと南米から海を渡ってきて、太平洋の島々に移り住んだのではないかと考えます。彼はこの仮説を証明するために、仲間を集め、昔から使われていた材料でいかだを作り、前代未聞の太平洋横断に挑戦するのです。本日ご紹介する「コン・ティキ」は、この実話の映画化です。

当初“コン・ティキ号”は、目指していた海流に乗れず、北上するばかりでした。あわやガラパゴス諸島近くの大渦に巻きこまれるかという地点の手前で南赤道海流に到達し、ヘイエルダールたちは、ようやく進路を西に向けることができました。いかだは海面すれすれに浮かんでいる状態なので、すぐ近くを泳ぎまわる多様な海洋生物たちには、本当に圧倒されます。全長15メートルの“コン・ティキ号”よりもはるかに巨大な鯨が現われた時には、さすがにドキドキしました。

海が穏やかな時は、のんびりと釣りをしたり、潜水かごで海中に潜ったり、持ちこんだカメラで記録を撮ったりと、乗組員たちは航海を心ゆくまで楽しみます。しかしながら、いったん天気が荒れはじめると、大海原はとたんに恐ろしい一面をみせます。動力のないいかだは、海流に身をまかせるしかないからです。

ある日、いかだ本体のバルサの木を繋いでいる綱が切れるのではないかと心配した乗組員のヘルマンが、綱の代わりにワイヤーを使うべきだと主張した時、ヘイエルダールは拒否しました。彼は、インカ帝国時代の人々と同じ方法でなければ、この航海には意味がないと信じていたからです。

その後も、オウムのいたずらで無線機が故障したり、サメの集団に囲まれたりと、“コン・ティキ号”は次々と災難に見舞われます。でも、いかだの上で様ざまな体験を積んできた6人の仲間たちは、互いに助け合い、問題をひとつひとつ切りぬけていくのです。そうして航海が始まってから101日目の8月7日、ついに彼らの前に、ツアモツ諸島の島が姿をあらわしました。しかし、島といかだの間には、ラロイア環礁という危険な地帯が待ちかまえていたのです・・・。

ヘイエルダール本人

「コン・ティキ」をご覧になった方には、ぜひ原作も読んで頂きたいと思います。私は今回、ヘイエルダールという人物に感銘を受けました。彼は1500年前のいかだを再現するために、バルサの木を求めてエクアドルのジャングルに踏みこみます。また、狭いカヤオ港でのいかだ制作が難しいことが分かると、軍港の使用許可を求めて、自らペルー大統領に交渉しに行くのです。その熱意と実行力には、脱帽します。わくわくする冒険記であると同時に、いかだの航海に関する貴重な記録でもあるヘイエルダールの「コンチキ号漂流記」は、“20世紀の名著の1つ”と言われており、70以上の言語に翻訳され、世界中で5000万部も読まれました。

現在では、ポリネシア人の祖先が南アメリカから来たという学説は否定されています。しかし、ヘイエルダールたちが行なった約8000キロに及ぶいかだの航海は、その後の世界に大きな影響を与えました。“コン・ティキ号”の冒険に刺激された世界中の若者たちが、その後、新たな冒険をもとめて旅立ったのです。ヘイエルダールのチャレンジ精神と行動力から、現代の私たちが学ぶべきことは、まだまだ沢山あるのではないでしょうか。

© 2012 NORDISK FILM PRODUCTION AS
6月29日(土)ロードショー公開
映画公式サイト
『コンチキ号漂流記』(ハイエルダール 著、神宮輝夫 訳、偕成社文庫、1976年刊行)

矢本理子(Rico Yamoto)
東京うまれ、茨城県そだち。大学では社会学と歴史学を、大学院では西洋美術史を学ぶ。
1995年に岩波ホールへ入社。
現在は宣伝を担当。

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