
「こどもと映画」をテーマに、世界各地からのエッセイを月1回お届けいたします。第4回の担当は香港在住の中濱久世さんです。
香港で子豚のマグダルが愛される理由
中濱久世(Hisayo Nakahama)
香港でも夏休みは子ども向けの映画がたくさん公開されますが、今年は「アイスエイジ4」、「アメイジング・スパイダーマン」あたりに人気が集まりそうです。香港での子ども向け映画は、ほとんどが日本のアニメや戦隊物やディズニーのアニメ作品、「ハリーポッター」のような海外のファンタジーで、香港で製作されるものはほとんどありませんが、唯一香港で製作され世界的にも高い評価をうけているのが日本でも最新作が8月に公開される「マクダル」シリーズです。

シネマート新宿ほか全国順次ロードショー (C)Bliss(C)SEGA
「マクダル」という名前の幼稚園生の子豚が主人公のアニメでTVシリーズから始まり、映画作品も4作作られています。子ども向けのアニメではあるものの香港の大人たちも大好きで、特に60年、70年代生まれの現在の大人にとっては「マクダル」の住む香港の下町であるタイコッチョイの風物は懐かしく、現在では香港中で開発が進み昔の面影が残る地域が少なくなりましたが、当時は香港のどこにでもありふれた風景でした。

また内容も夢やファンタジーといったものではなく、普通の日常生活をリアルに描いたもので、現実的な香港の人達の好みにもあったようです。アニメの中の「マクダル」の母親もとても教育熱心なのですが、現実の香港の親も同様で、厳しい競争社会で将来の受験戦争に備得て幼稚園選びから競争がはじまっています。
そんな香港の教育界で今もっとも話題になっているのが現在政府が推し進めている「国民教育」です。それは中国をより理解するため、愛国心を育てることを目的としたもので、小学校1年から中学6年(日本の高校3年)までカリキュラムとして義務付ける予定になっています。これに猛烈に反発しているのが、香港で80後(80年代生まれ)と90後(90年代生まれ)と呼ばれている学生たちで、反対の活動の中心となっているリーダーは若干15歳の学生で、テレビの討論番組にも参加しています。

反対の理由は香港の教育でありながら、中国共産党が教科書を作っていること、政策の推進のための議論が公開の場で行われないことなどがあります。今月の7月1日で香港は中国返還15周年を迎え、その日には「国民教育」反対をはじめ、さまざまな政策への不満を掲げて40万人の人達がデモ行進に参加しました。中にはユニオンジャックの入った以前の香港の旗を振り、配っているグループもありました。中国との関係が密接になっていく社会のなかで、香港の人達は「マクダル」に描かれた香港らしい日常風景から言論の自由というレベルまで喪失の危機を感じているのかもしれません。

中濱久世(なかはまひさよ)
大学で仏文専攻後、90年代半ばにパリ留学。現地で香港人と結婚後、中国、香港と移り住む。現在はインターナショナル系の幼稚園で教師をし、大阪のラジオ局の電話レポートに出演中。