
伝説のお話には、子供たちがこれから生きていく上で役立つことが詰まっている
―トム・ムーア監督インタビュー

『ソング・オブ・ザ・シー 海のうた』はアイルランドのアザラシの妖精、セルキー伝説をモチーフにしています。シアーシャがアザラシの毛皮のコートを着たり脱いだりして、陸と海を自由に行き来する姿が素敵でしたが、お父さんはそれを捨ててしまいますね。
「世界には、動物が変身をするという物語はたくさんあります。でも、セルキーの伝説は、変身ではありません。まるで服を着替えるように、コートを脱いだり着たりします。私はそれを、ペルソナ(人格)を使い分けていると解釈しました。誰だって、ひとつの顔、ひとつの性格ではありませんよね。もうひとつ、アザラシの毛皮のコートに込められた意味は、海に囲まれたアイルランドの土地柄上、昔から海で愛する人を亡くす体験をする人が多かったことと関係しています」

トム・ムーア監督は前作『ブレンダンとケルズの秘密』(日本未公開)でもアイルランドのケルトの伝説をモチーフにしていますね?
「それは、私の息子の世代の若者たちがアイルランドに伝わる神話の世界を失っているように感じたからです。彼らにとって、ケルトの伝説は授業で習う退屈なものか、海外から訪ねてきた観光客のもののようにとらえられています。でも、私のおばあさんはまるで現実の世界と同じように伝説の世界を信じていました。今の子供に、それと同じくらい信じろとはいいませんが、伝説の話には、子供たちがこれから生きていく上で、人生を進んでいくときに役立つことが詰まっていて、それを知ることはひとつのレッスンだと思い、アニメーションで現代的に伝えるのが私の使命だと思っています、幸いなことに、それは今のところ、成功しているとも思っています」

「ソング・オブ・ザ・シー 海のうた」にはディーナシーやフクロウ魔女のマカをはじめ、妖精や精霊、魔女などがでてきますが、監督にとってはどのような存在ですか?
「私のおばあさんの世代の人たちは、彼らのことを直接、名前で呼ぶのもはばかられるほど重く扱っていて、“良き隣人”だとか、“良き人々”、“良い友人”と呼んでいました。冬の夜になりかけの特別な時間帯になると、おばあさんはよく、道でばったり会わないよう、目をつぶって、夫や子供に腕をつかまれながら歩いていましたよ」
妖精や精霊は怖い存在なのですか?
「怒らせると、怖いんです。だからほめないといけないし、例えば彼らの土地にうっかり家でも建ててしまうと怒りを買って災いや恐怖がもたらされるんです。ただ、この映画においては、フクロウの魔女であるマカは逆に、人々の心に宿る怖さや悲しみ、苦しみを奪い取ってビンに封じ込めてしまいますよね。これは私のオリジナルストーリーで、なぜ、このようなエピソードを入れたかというと、最近の子供たちは、感情を抑えることばかり大人たちに強要されていて、それがとても現代社会の問題だなと感じていたからです」

セルキーであるお母さんの存在はどのような意味があるのでしょうか?
「お母さんには二つの比喩を込めました。ひとつは、魔術的な世界の象徴です。そして、もうひとつはベンに『私を忘れないで』との言葉と吹貝を残し、姿を消すことで、肉体は失われるのだけれど、歌を通して彼女の精神は生き続けるという意味を込めています」

でも、お父さんもベンもなかなか、お母さんを失った悲しみから立ち直れませんね。
「ええ。あの二人は、見た目はあまり似ていませんが、実はよく似ています。もともと親子というものは、好きじゃない部分が似たりしますよね。ベンとお父さんは愛する妻であり母を亡くした喪失感でともに嘆いているという共通点がありますが、お父さんはその反動からシアーシャを愛しすぎて過剰に守ろうとし、ベンはお母さんを亡くした悲しみを憎しみに変え、その矛先を妹に向けています」

風景がとても美しく印象的です。ケルトのデザインも入れたと聞いていますが。
「タイトルが出るとき、ベンとお母さんのいる部屋を守るかのようにいくつかの輪がグルグルと回りますが、あれは先史時代からケルトの地に伝わる“cup and ring”というデザインで、子宮のイメージとも通じ、中にいる者を守るという護符のようなデザイン性を持っています。
背景画を描いたのはベルギー、フランスのスタッフです。彼らにはアイルランドの西海岸に来てもらい、3000年前の遺跡や石の彫刻、当時の人が住んでいた家を見てもらい、水性絵具の特性を生かした美しい風景を描いてもらいました。それに、タブレットで作ったキャラクターを組み合わせています。
ただ、物語が持つシンボリックなメタファーやデザインなどの解説をよく聞かれ、答えますが、そこはあまり知らなくてもよいかと思います。アイルランドの子供たちにこの作品を見せたとき、メタファーなど関係なく、“あ、お母さんはアザラシなんだね、OK”と先入観なくすっと入って喜んでくれます。日本のお子さんたちも同じようにまっさらな目で楽しんでもらえればと思いますね」
最後に素晴らしい音楽について伺いたいのですが。
「音楽を手掛けたブリュノ・クレは映画音楽の作曲家で、前回は映画が出来上がってから曲を作ってもらったのですが、今回は脚本の段階から参加してもらいました。当初、お母さんの回想部分を多く用意していたのですが、ブリュノがお母さんの歌を使えば、姿は見えなくても、彼女の思い出が観客に伝わるとアイディアを出してくれたことで、リサ・ハニガンの声を生かして、逆に観客に対し、お母さんの豊かなイメージを喚起させる方向性へと世界観が膨らみました。日本の吹き替え版ではEGO-WRAPPIN’の中納良恵さんが歌われるということで、日本の観客の皆さんに楽しんでいただきたいです」
interview and text 金原由佳(映画ジャーナリスト)
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