こども映画図書館「ソロモンの偽証」

「ソロモンの偽証」(前編・後編)
矢本理子(Rico Yamoto)

普段、私はミステリー小説を全く読みません。でも先日、今年の話題作であり、また宮部みゆきさんの最高傑作と言われている「ソロモンの偽証」に初挑戦してみました。

1990年のクリスマス未明、東京のとある下町。まだ日本にバブル時代の空気が少し残っていた頃が、この物語の舞台です。終業式の朝、城東第三中学校の2年生の藤野涼子と野田健一は、雪のふり積もった校庭で同じクラスの柏木卓也の変わり果てた姿を発見します。遺書はありませんでしたが、警察は早々に、不登校ぎみの生徒による自殺と結論づけました。しかし事件から数週間後、匿名の告発状が学校関係者宛に送られてきました。そこには、「柏木卓也は自殺したのではなく、同級生によって殺された」との言及が……。

柏木の第一発見者であった藤野涼子は、先生や同級生たちの対応や同じ町の住民たちの反応、事件に好奇の目をむけるマスコミに対して、徐々に苛立ちや疑問を抱きはじめます。柏木はなぜ死んだのか? 誰かが嘘をついているのではないか? 彼女はもんもんと悩み続け、ある日、決意するのです。涼子はクラスメートたちを巻き込み、柏木の小学生時代の友人である他校の神原和彦の協力も得て、自分たちだけで学校裁判を開催する準備に取りかかり始めます。こうして前代未聞の、中学生による法廷が開かれることになりました。

「ソロモンの偽証」は構想に15年、執筆に9年もの年月をかけて書き上げられたそうです。連載は2002年から始まったそうなので、宮部さんは1980年代の半ば頃から、この物語に取りかかり始めたことになります。今回そのことを知って、私は正直驚きました。当時、茨城県の田舎の、のんびりとした公立中学校に通っていた私にとって、「ソロモンの偽証」に描かれているような状況は、全く別世界の出来事だからです。しかし今この小説を読むと、宮部さんの先見の明に気づきます。

「ソロモンの偽証」第1部 事件 上巻(新潮文庫刊)

今や10代の子どもたちの自殺や、家庭内暴力による死亡といった事件は、日本各地で連日のように生じており、変な言い方ですが、そうしたニュースに私たちのほうも慣れてしまった気がします。でもよくよく考えると、「ソロモンの偽証」に描かれているような、いじめや不登校、親に理解されない子どもの苛立ち、育児放棄をする親、家庭内暴力の鬱憤を弱い者いじめで発散する不良、事件をセンセーショナリズムの視点でしか報道しないマスコミ、真偽を確かめもせず噂を信じこむ人々といった様相は、既に30年ちかく前から始まっていたのです。それどころか、我われを取り巻く現代社会の諸問題は、インターネットやスマートフォンの普及、SNSの発達により、より一層、複雑化しているのではないでしょうか。

さて、映画版「ソロモンの偽証」の前編では、事件が起きた状況とその後の騒動の顛末が描かれ、映画の後編では、中学生たちが自ら行う裁判の様子とその結末が描かれています。中学生によって裁判が開かれるなんて、現実にはあり得ないと思うのですが、そこが無理なく丁寧に描かれているのが、この作品の特徴だと言えるでしょう。大人たちが、目の前で生じた大きな問題に面と向かって対峙せず、適当な折り合いをつけて逃げる姿を見て疑問を抱いた中学生たちが、真実を徹底的に追求しようとする姿が、実に清々しいのです。また、1万人以上もの候補者から選ばれた33人の中学生たちの演技が、本当に素晴らしいと思いました。とりわけ、藤野涼子役の藤野涼子(役名でデビューしたそうです)と、神原和彦役の板垣瑞生の存在感と力強い眼差しに、圧倒されました。

ところで、タイトルにある“ソロモン”とはいったい何者なのでしょう? その答えは、映画を観て、もしくは原作を読んで探してみて下さい。真実とはいつでも、私たちの想像をはるかに超えるところに存在しているものなのです。

©2015「ソロモンの偽証」製作委員会

広告