映画館の仕事とは?

映画にかかわる仕事をされている方々をご紹介するコラムです。第1回目は、「映画館の支配人」について、ユーロスペースの北條さんにお話を伺いました。

北條誠人 ユーロスペース支配人
大学在学中から、映画の自主上映に携わる。80年代半ばから、ユーロスペースで働き始め、87年から支配人を務める。ミニシアターの創生期から、90年代半ばの最盛期、若い観客のミニシアター離れに至るまでの30年間を見つめてきた。

Q:支配人の仕事について教えてください。
A:僕は支配人の仕事は3つあると思っています。ひとつは、映画館の上映スケジュールをたてること。ふたつ目は、売り上げと、経費のバランスをとること。そしてみっつ目が、映画館の個性を出すことです。

Q:映画館の個性とは、どんなものですか。
A:劇場の設備や、上映する作品に特徴を持たせて、個性を出していた時代は90年代で終わったと思います。今は、社会で映画館がどんな役割を果たせるのか、どんな体験をお客様にとどけることができるのかを考えることが、個性を作ることだと思います。

もっと判り易く言うと、いい映画をプロの目利きで選んで、とがった映画館にかければお客様が来るという時代ではなくなったのです。僕は、ミニシアターで映画を観ることは、美術館に行って本物の絵を見るのと同じだと思っています。同じ嗜好性を持っている人たちと、時間と空間を共有して、アートと向き合う・・・そういう「体験」を提供する場所だと思うのです。

よく僕は、映画館を弁当箱に例えてお話しするんですけど、弁当箱は単なる入れ物。中に何を入れるか、何が食べられるかで、来るお客様が変わっていくのです。

Q:新しい個性ということを意識して、お客様に受け入れられた作品はありますか?
A:『鬼に訊け』はそういう映画だと思います。これは、宮大工さんのドキュメンタリー。和のものづくりに興味を持った方々が、見にきてくださいました。こういう映画にどのくらいの人が興味を持ってくれるのか、正直わからなかったのですが、日本の伝統文化を伝えるというというのも、映画館が社会に果たすことのできる役割だと考えて上映しました。
その結果、多くのお客様が支持してくださったのです。こういうニーズがあるから、この映画を上映しようでなく、コミュニティにどんなことを映画館は提供できるのかを意識してやってみたかったのです。

Q:ユーロスペースでは、こどもたちに映画を届ける活動を、いくつかされていますね?
A:NPO「ちいさなひとのえいががっこう」と一緒に映画館遠足を3回実施しました。1回目は山村浩二さんの短編アニメーション『年をとった鰐』を見てもらった後、映写室を見学してもらいました。

でも、映画の上映がフィルムからデジタルに変わっていく今は、映写室の見学や、フィルムに触れたりすることに意味がなくなってきてしまって、考え方を変えていく必要があると思います。こどもたちが何をしてみたいか、もっと聞いてみたいですし、映画を作る人たち(監督やプロデューサー)と触れ合う機会をもっと作っていきたいと考えています。

Q:他にはどんなことをされていますか?
A:ベルリン・フィルハーモニーが、こどもたちのために行ったワークショップを追ったドキュメンタリー『ベルリン・フィルと子どもたち』や、ピナ・バウシュのダンスのワークショップを記録した『ピナ 夢の教室』などを上映しました。こうした作品は積極的に学校にアプローチをして、映画をクラス単位で見て頂けるようご案内をしています。

『玄牝 -げんぴん-」』という作品では、高校生に映画を観てもらい、河瀬直美監督とQ&Aを行いました。この作品は、愛知県岡崎市にある産婦人科、吉村医院にカメラを据え、全国から集まってきた妊婦さんたちの出産までの道のりを記録したドキュメンタリーです。高校生からは、命について様々な意見が出て、作り手と素直に交流することの大切さを感じました。

Q:映画館で観る楽しみについて教えてください。
A:僕たちがこどもだった頃と、映画を観る環境や、考え方は全く違っています。映画館で映画を観るのが一番で、TV、ましてや携帯の小さな画面で見ることなど、論外だ・・・というような、考えかたはもはや通用しないのです。映画の作り手も、それを語る批評家も、観客も変わってきている。まずはそのことに、私たち自身が気づかなければなりません。

その上で、僕は映画を映画館で見るということが、何か家で見ているだけでは出会えないものに、出会わせてくれるものになっていけばいいと思っています。それは情報だったり、人との出会いだったり、新しい体験だったりするのです。自分という境界線を「越境していく」場所。映画館は、そういう場所であるべきだと思います。

Q:映画を観るこどもたちに向けてメッセージをお願いします。
A:誰の心の中にも深い闇があるはずです。その闇に蓋をしてくれるのが、文化だと僕は思っています。美しいものや、いいものを見て、「ああ、いいね」と、思う心がしっかりと闇に蓋をしてくれるのです。映画や文化は、人にあこがれを作るものだと思っています。特に絵画、文学、音楽を併せ持った総合芸術としての映画は、人の心に届きやいすいので、こどもたちにたくさんの多様な映画を観てもらって、たくさんのあこがれを作ってもらいたいと思います。   (聞き手:工藤雅子)

ユーロスペース

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82年に開館し、今年で30周年を迎えるミニシアター。当初は渋谷区桜丘にありましたが、現在の渋谷区円山町に移動して7年になります。1Fにはカフェ、映画美学校、2Fはオーディトリウム渋谷、3Fがユーロスペース(2スクリーン)、4Fにシネマヴェイラ渋谷が入る複合施設です。