「パパの木」

「パパの木」
矢本理子(Rico Yamoto)

皆さんには、お気にいりの木がありますか? 私が子どもの頃に住んでいた家の斜め向かいには、児童公園があって、小さな私でも登れる、ちょうどよい大きさの木がありました。公園に行くたびに、その木によじ登っては、二股に分かれた枝の所に腰かけて、風がそよぐ音をきいたものです。今回ご紹介する映画には、とてつもなく大きくて素晴らしい木が登場します。主人公は8歳の少女シモーンです。いったい、どんなお話なのでしょうか・・・?

映画のタイトルは、「パパの木」。2003年に「やさしい嘘」というデビュー作で、カンヌ国際映画祭の批評家週間賞を受賞したフランス人の女性監督ジュリー・ベルトゥチェリの、長編第二作目にあたります。原作は、オーストラリアの女性作家ジュディ・パスコーが2002年に発表しました。突如、最愛の人を失ってしまったある家族の喪失感と再生について、優しく見つめる作品です。

シモーンの家族は、両親と4人の子どもたち。一家はブリスベン郊外の自然豊かな土地に住んでいました。ある日、働き盛りだった父親ピーターが、心臓発作で亡くなってしまいます。突如、最愛の夫を亡くした母親ドーンは部屋に引きこもり、家事はおろか、子どもたちの面倒もままならなくなります・・・。高校生の長男ティムは受験勉強をしながら、一家を支えるためにアルバイトを始め、唯一の女の子であるシモーンも、家事や弟チャーリーの面倒を引き受けます。ある日シモーンは、庭のオーストラリアゴムの巨木に登った際、父親の存在を感じとります。いつでも木に登れば、パパとお話が出来ることを発見したのです。まだ8歳ながらも、家族のために頑張るシモーンでしたが、時には1人で木に登り、自分の胸の内を父親に語りかけるようになります。

一方ドーンも、少しずつ現実を受けいれはじめ、生まれて初めての仕事につきます。しかし、母親が職場のジョージと仲が良くなるにつれ、子どもたちは落ち着かない気持ちになります。その頃、土地では干ばつが続き、庭の木は水を求め、木の根を四方八方へ伸ばしはじめました。シモーンたちの家だけでなく、隣近所の家まで侵食しはじめた巨木。庭の木の秘密をシモーンから聞いていたドーンは、はじめは躊躇していましたが、とうとう、巨木を切り倒す決意をします。瀬戸際にたたされたシモーンは、パパの精霊が宿る木を守るために、木の上に1人陣取り、たたかうのです・・・。

「パパの木」は、子どもたちの成長物語であると同時に、母親の成長物語でもあります。ある日を境に、1人きりで子どもたちを守る立場にたたされてしまった母親の戸惑いや不安を、シャルロット・ゲンズブールが、自然体で好演しています。母親もまた、1人の人間でしかないこと。決して完璧な存在ではないことが、この映画を観ると伝わってきます。そして、そんな母親に寄り添い、時には叱り、時には励ます4人の子どもたちが魅力的です。とりわけ、シモーン役のモルガナ・デイヴィスの瑞々しい存在感が、素晴らしいのです。実は監督のベルトゥチェリ自身も、若くして夫を亡くしています。この映画には、そうした監督の苦しい体験が活かされているのでしょう。深い悲しみのなかにいた登場人物たちが、徐々に、現実に向きあい、しなやかな強さを身につけていく様が、女性ならではの繊細な視点で、丁寧に描かれている名作だと思います。

© photo : Baruch Rafic – Les Films du Poisson/Taylor Media – tous droits réservés – 2010
6月1日(土)より、シネスイッチ銀座ほか全国順次ロードショー
公式サイト
パパの木(ジュディ・パスコー著、アーティストハウスパブリッシャーズ/2002年刊行)

矢本理子(Rico Yamoto)
東京うまれ、茨城県そだち。大学では社会学と歴史学を、大学院では西洋美術史を学ぶ。
1995年に岩波ホールへ入社。
現在は宣伝を担当。

【過去の記事】
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