「レ・ミゼラブル」

映画と本をご紹介するコラム、第9回です。

「レ・ミゼラブル」
矢本理子(Rico Yamoto)

昨年12月5日の夜、TOHOシネマズ六本木ヒルズのスクリーン7は、大変な熱気に包まれていました。約650席の場内は満席。理由は、映画版「レ・ミゼラブル」の完成披露試写会が行われたからなのです。普段ミニシアターに通っている私にとって、大勢のお客さんと大きいスクリーンで映画を観る体験は、格別でした。実にこれこそが、映画館に行って映画を観る醍醐味だからです。

「レ・ミゼラブル」は、1985年の初演から、ロンドンで27年間もロングランが続いている人気のミュージカルです。これまでに日本を含む世界43カ国で、6000万人の観客を動員しています。今回、この有名なミュージカルの映画版を、イギリス人のトム・フーパーが監督しました。

2010年の「英国王のスピーチ」でアカデミー賞4部門ほか、世界各地の映画賞に輝いたフーパー監督は、言葉に強いこだわりを持っている方だと思います。「レ・ミゼラブル」にも、そのことを感じました。通常、ミュージカル映画の歌のシーンは、すでに撮影した映像に音をかぶせるアフレコという方法がとられますが、この「レ・ミゼラブル」では、出演者たちが撮影現場で歌った生の声がそのまま採用されています。台詞の多くが歌へと変化していくのですが、その臨場感が素晴らしいのです。

ジャン・バルジャン役のヒュー・ジャックマン、ファンテーヌ役のアン・ハサウェイなど、出演者の全てが名演をくりひろげますが、私は、サマンサ・バークスが演じたエポニーヌの「オン・マイ・オウン」という歌に、一番、心が揺さぶられました。

原作『レ・ミゼラブル』はフランスの文豪ヴィクトル・ユゴーの小説で、1862年に出版されました。

パンを盗んだ罪で、19年ものあいだツーロンの牢獄に入れられていた主人公ジャン・バルジャンの波乱万丈な人生を描いています。1815年に仮出獄したジャンは、世間から冷たくあしらわれ、人間不信になっていました。そんななか、ジャンが盗んだ燭台を、彼に贈ったのだと言って庇ってくれたミリエル司教の善意に、ジャンは心動かされ、まっとうに生きていくことを誓います。

数年後、モントルイユ・シュール・メールで工場経営者として成功したジャンは、マドレーヌと名乗り、市長を務めていました。ある日、彼の工場を解雇され売春婦となったファンテーヌという女性の死に立ち会ったジャンは、彼女の娘コゼットを引き取ることにします。こうしてコゼットと新しい生活を迎えようとしていた矢先、ジャンの前に、警部ジャベールが現われます。実はジャベールは、仮釈放の身から姿を消したジャンを、長年探していたのです・・・。

『レ・ミゼラブル』(ヴィクトル・ユーゴー 著
岩瀬孝・大野多加志訳 1993年刊行 偕成社文庫)

『レ・ミゼラブル』の背景には、当時のフランスをゆさぶった、激しい社会状況があります。1789年に勃発した革命で王政は倒れましたが、国内は混乱します。革命は近隣諸国の反発を呼び、戦争が起こりました。

こうした状況のなか、軍人ナポレオン・ボナパルトが登場するのです。政治体制が二転三転するなか、富は王侯貴族にとってかわったブルジョワジーの元に集まるだけで、労働者である庶民は貧しいままでした。映画に登場する学生たちの革命運動には、こうした背景がありました。

『レ・ミゼラブル』は長編小説です。物語と並行して、当時の政治情勢や、地理や歴史を説明する資料的な文章やエピソードが盛りこまれているためです。今回あらためて、偕成社文庫の『レ・ミゼラブル』(上中下巻)を読んでみました。丁寧な訳注や、ミュージカルでお馴染みとなったユーグ版のコゼットの挿絵をふくめ、非常に読みやすく編集されている良書ですので、これから原作をお読みになる方に、お薦めします。

※人名・地名などの表記は、映画版にしたがいました。

映画公式サイト
(C)Universal Pictures

矢本理子(Rico Yamoto)
東京うまれ、茨城県そだち。大学では社会学と歴史学を、大学院では西洋美術史を学ぶ。
1995年に岩波ホールへ入社。
現在は宣伝を担当。

【過去の記事】
≫「ヒューゴの不思議な発明」
≫「床下の小人たち」
≫「グスコーブドリの伝記」
≫「ピーター・パン」
≫「本へのとびら ― 岩波少年文庫を語る」
≫「白雪姫と鏡の女王」
≫「009 RE:CYBORG」
≫「シルク・ドゥ・ソレイユ」
≫「ホビット 思いがけない冒険」

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