衣装のしごと

衣装のしごと

山田実
昭和38年(1963年)第一衣装入社。一貫して衣装部の仕事を担当。
代表作:「金環蝕」(1975)「不毛地帯」(1976)「人間の証明」(1977)「野性の証明」(1978)「復活の日」(1980)。

台本を読んで衣装を考える
衣装の仕事はまず台本を読んで、登場人物や場面に合わせてどんな衣装を用意したらいいかを考えるところから始まります。監督と相談しながら衣装を選び、その後出演者一人一人と「衣装合わせ」を行います。ここには、出演者、監督の他にスクリプター、撮影監督も立ち会います。また俳優の体に合わせてサイズを直したり、裾を上げたりといった事も行います。衣装合わせは一人につき2時間半くらいが目安ですが、3時間、4時間とかかることもあるそうです。

撮影が始まるとシーンに合った衣装を持って撮影場所に赴きます。撮影が終了するまでずっと現場に立ち会って、着付けを直したりします。
山田さんによると、時代劇はある程度決まった着物がありますが、明治や大正時代になると服装が多様化してきて、時代考証がなかなか難しいそうです。
そして意外ですが、現代劇が一番工夫が必要だとのこと。その人物の性格や、シーンに合わせて服を選ぶので、かなり複雑な作業になります。
事務所には箱に入った衣装が大量にしまわれていました。いくつぐらいあるか伺ったところ、「はっきりは分からないが、何十万点という単位ではないか」とのことでした。


昭和18年の文字が見える

俳優が身につけるもの全てを衣装部が用意する訳ではありません。靴や鞄、帽子やマフラーなどは小道具部が用意します。衣装は作ることもありますが、買うことも多いそうです。写真の軍服は、昔軍の払い下げとして売られていたものを上野で買ったもの。今では手に入らないので大切にしているそうです。警察官の制服も本物で、悪用されないよう警察に届けを出して作るのだそうです。
衣装は同じ物を最低でも2~3枚用意をし、クリーニングをして使い回していきます。

中身がわかるようにして大量の衣装が箱にしまわれてる

映画製作者一家に生まれる
山田さんのお父様が撮影監督、お兄さんも照明や撮影助手をしていたので、映画の仕事につくのはとても自然な事だったそうです。日活の撮影所で、衣装の仕事をしないかと言われ、衣装合わせに立ち会ったのが、この仕事との出会いでした。俳優さんたちと誰よりも身近に接する仕事に強い興味を持ったそうです。つらいのは、撮影が早朝だったり冬に外で長い時間待機したりすることだけで、仕事そのものは一度も辞めたいと思ったことがないそうです。
一番楽しいのは、撮影でいろんな所に行けることと、俳優さんたちとの交流と答えてくださいました。「地球を半周した」と山田さん。「復活の日」では南極へ、「天国にいちばん近い島」の撮影では、ニューカレドニアに4ヶ月も滞在したそうです。

子どもの頃山田さんは、東京の日暮里、三ノ輪の映画館で「鞍馬天狗」や「角兵衛獅子」など美空ひばりの映画や時代劇をよく見たそうです。でも今は洋画しかみないとのこと。「邦画を見ると衣装がどうなっているかどうしても気になって、映画に集中できない(笑)。あらさがしになって、自分の方がもっとうまくやれるのに」などと考えてしまうから。

撮影に使うものは、まとめてハンガーにかけてある

センスが大切な仕事
衣装の仕事で一番大切なのは「持って生まれたセンス」だと山田さんはおっしゃいます。人物像に合わせて服を組み合わせて提案できるかどうか・・・考えられなくて何も服を出して来られない人もいるのだそうです。山田さんが心がけているのは、町で人がどんな服を、どんな風に着ているのかを観察すること。まったく飽きることがないと山田さんはおっしゃいます。
現在山田さんが撮影に立ち会う事はないそうですが、衣装部全体の管理をしています。衣装の仕事について来年は映画の仕事に就いて50周年を迎える山田さん。まだまだ現役として活躍されることを期待しています。(聞き手:工藤雅子)

協力:調布日活撮影所

過去の記事
≫北條誠人さん ユーロスペース支配人
≫山村浩二さん アニメーション監督 前篇
≫山村浩二さん アニメーション監督 後編
≫佐々木史朗さん プロデューサー
≫川島章正さん 編集者
≫赤澤環さん スクリプター
≫小野寺修さん 録音技師
≫小島彩さん 音響効果

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