宮崎駿監督ー「本へのとびら ― 岩波少年文庫を語る」

映画と本をご紹介するコラム、第5回です。

「本へのとびら ― 岩波少年文庫を語る」
矢本理子(Rico Yamoto)

日本でもっとも有名なアニメーション映画の監督といえば、そう、宮崎駿さんですね。皆さんは宮崎監督の、どの作品がお好きですか? 沢山あるので困りますよね。私は、「風の谷のナウシカ」をみた時の衝撃が忘れられません。それまでに自分がみたアニメーション映画とは全くことなる、力強い映像に、圧倒されたからです。
それでは宮崎さんは、なぜアニメーション監督になったのでしょうか? そして、子どもの頃は、どんな本を読んでいたのでしょうか? 実は、このことについて教えてくれる、最適な本があるのです。「本へのとびら ― 岩波少年文庫を語る」(宮崎駿 著、岩波新書、2011年)です。

1950年に創刊された岩波少年文庫は、約400冊の児童書を刊行してきました。宮崎さんはそのなかから、自身が推薦したい50冊を選び、その1冊1冊に推薦文を書いています。私もこの本を読んで、自分が何冊読んだかを確かめてみました。結果は26冊。ちょうど半分ですね。まだまだ、この世のなかには、自分が知らない素敵なお話が沢山あるのだな、と嬉しくなりました。

実はいま、世田谷文学館で、≪宮崎駿が選んだ50冊の直筆推薦文展≫という企画展が開催されています(※展覧会は終了しています)。宮崎さんが50冊の本のために書いた、本物の推薦文が展示されているのです。私もさっそく行ってきました。会場は主に、<宮崎駿が選んだ50冊の直筆推薦文の展示>、<岩波少年文庫60年のあゆみ>、<スタジオジブリが映画化した岩波少年文庫>、<岩波少年文庫の挿絵原画展>の4つにわかれています。前にご紹介した「借りぐらしのアリエッティ」の、床下の家のジオラマもあります。嬉しいのは、50冊全ての岩波少年文庫が並べられている本棚があることです。この展示によって気になる本があれば、誰でも手に取って読むことができるのです。

私には、<岩波少年文庫60年のあゆみ>のコーナーが面白かったです。創刊時から現代までの、約60年の間に出版された文庫本が、年代順に展示されており、本の装丁が、少しずつ変化してきた様子がよく分かりました。私が持っている1970年代版の装丁には、「オイルショックのために簡素なソフトカバーだった」という説明文があり、びっくりしました。本の装丁は、その時代の影響を受けるものなのですね。
「本へのとびら ― 岩波少年文庫を語る」を読んで印象に残ったお話が幾つかあります。1つは挿絵について。宮崎さんによると、19世紀のイギリスやフランスの児童書は、一流の画家が挿絵を描いていたそうです。その伝統を引きついだ、挿絵に魅力がある本として、「星の王子さま」「たのしい川べ」「床下の小人たち」「クマのプーさん」などをあげています。なかでも、「チポリーノの冒険」には、表情の描き方などで影響を受けたそうです。もともと漫画家をめざしていた宮崎監督らしいお話です。もう1つは、翻訳者の方々への眼差しです。岩波少年文庫を始めた石井桃子さんや、「ゲド戦記」を訳した清水真砂子さんなど、日本の児童翻訳文学の発展が、素晴らしい表現力をもった翻訳者たちによって、支えられてきたことが分かります。

なかでも、私が一番驚いたのは、戦前は「本なんか読むとろくな人間にならない」と言われていた、というエピソードです。昔の子どもたちは、親に隠れて本を読んでいたそうですよ。面白いですね。現代っ子たちは逆に、本を読まないとろくな人間にならない、と言われているのではないでしょうか? でも大切なことは、読む本の冊数ではありません。宮崎さんがおっしゃるように、自分にとって、「とても大事な一冊にめぐり逢うこと」なのです。

子ども時代に読んだ本は、特別です。私も沢山の本を読んで、大勢の登場人物たちと出会いました。昔、読んだ本の内容は、不思議と忘れないものです。本は、作者からの素敵な贈りものだと思います。なぜなら、お気に入りの本を開きさえすれば、子どもの頃からお馴染みの、大好きな登場人物たちと、いつでも、再会することが出来ますから・・・。

○「本へのとびら―岩波少年文庫を語る」(宮崎駿 著、岩波新書、2011年)
◎「宮崎駿が選んだ50冊の直筆推薦文展」
(世田谷文学館、2011年7月21日~9月17日・終了しています)

矢本理子(Rico Yamoto)
東京うまれ、茨城県そだち。大学では社会学と歴史学を、大学院では西洋美術史を学ぶ。
1995年に岩波ホールへ入社。
現在は宣伝を担当。

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