ノア 約束の舟

 

「ノア 約束の舟」
矢本理子(Rico Yamoto)

世界で最も多く読まれている本は何か、ご存じでしょうか? それは聖書なのだそうです。聖書とは、ユダヤ教、キリスト教、イスラム教の信者たちの教典です。英語で聖書をthe bookと表記しますが、これはギリシャ語で書物を意味する ta bibliaが語源となっています。キリスト教徒たちの聖書には、旧約聖書と新約聖書の2種類があります。救世主イエス・キリストの生涯と教え、その伝道について書かれているのが新約聖書です。一方、旧約聖書は、有史以前から書かれた歴史や律法や予言などの集大成で、ユダヤ民族の歴史書ともいうべき壮大な内容の書物です。旧約聖書の冒頭に「創世記」という章があります。今日は、この章の中で最も有名なお話を映画化した「ノア 約束の舟」をご紹介しましょう。

物語の主人公はノア。彼は、神が最初に創りだした人間であるアダムとイブから10代目の世代にあたります。ノアが生きていた時代、人々の生活は乱れていました。神への信仰心はうすれ、人々は異教の神を崇めたり、自らの欲望のおもむくまま、好き勝手に生きていました。人間たちの悪行と堕落した姿に怒った神は、生きとし生けるものを、この世から消し去ることを決意します。ただしノアとその家族、そして清なる動物だけは助けることにしました。

ある日、神の声をきいたノアは、そのお告げに従い、家族と共に、3層からなる箱舟を造り始めます。人々は彼らを蔑みましたが、ノアたちは意に介しませんでした。やがて完成した巨大な箱舟のもとに、地上のありとあらゆる動物たちのつがいが集まってきました。ノアの一家と動物たちが箱舟に乗り込んだあと、大雨が降りはじめました。やがて地上の生きものは全て水にのみこまれ、この世にはノアの家族と動物たちだけが残されました。40日後に雨はやみ、箱舟も動きをとめました。ある日ノアが外に放った鳩が、オリーブの若枝をくわえて戻ってきました。それは、どこかにまた陸地が隆起したことを示す証拠でした・・・。

実は聖書の「ノアの箱舟」の記述は、とてもシンプルなのです。私も旧約聖書を読んだ時、たった数人のノアの家族が、どうやって一週間で箱舟を築けたのか、地上のあらゆる動物たちをどのように選んだのか、さらに家族や動物たちの食料を、ノアはどうやって調達したのかなど、色んなことが不思議でなりませんでした。きっとダーレン・アロノフスキー監督も、同じような疑問を抱いたに違いありません。この作品は、そうした素朴な疑問に対し、監督が豊かな想像力を駆使して、きちんと答えを示してくれます。その斬新な聖書の解釈に、私は感銘を受けました。

「ノア 約束の舟」の魅力は、実写とCGの技術を上手く融合させて、「創世記」の世界を見事に映像化した点にもあります。ノアの祖父メトシェフの住む緑豊かな山や、岩だらけの荒地など、太古の地球はこうだったのかと思わせるような、ロケ地アイスランドの荒々しい景色が魅力的です。しかしながら、何といっても映画の見どころは、家長であるノアの苦悩が丁寧に描かれていることでしょう。ノアは強い人間ですが、彼が神に対して絶対的な信仰心を貫けばつらぬくほど、家族との間に様ざまな軋轢が生じ、それがノアの葛藤をさらに深めてしまうのです・・・。ノアが神から告げられた宣告とは何だったのか、人として正しいことを成すとはどういうことなのか。いつの時代でも、人間に突きつけられる難問です。ノアは人類史上、その問題に最初に挑んだ人だったのではないでしょうか。
だからこそ、彼が陸地に到着した後、独り海岸で苦悩している姿に、リアリティを感じます。そして、彼が映画の最後にくだす決断が、とても重要な意味を持つのです。

「手塚治虫の旧約聖書物語 天地創造」(集英社文庫)

今回私は、映画の背景を知るために、旧約聖書の参考資料として、1994年に出版された手塚治虫氏の「旧約聖書物語」(全3巻)を読みました。各巻の最後に丁寧な解説が書かれており、一神教にあまり詳しくない我われ日本人でも、聖書や、それが成立した時代について学べる良質な漫画シリーズです。旧約聖書に興味があるけれども、いきなり聖書そのものに取りかかるのは難しいという方には、こちらの「聖書物語」を、入門書としてお薦めします。

©2014 paramount Pictures All rights reserved.

関連作品
広告